認知症の人が何か間違えても「まあいいか」が広がる社会をつくるには?

注文をまちがえる料理店
「注文をまちがえる料理店」「deleteC」など、アッと驚くアイデアの数々を生み出してきた小国士朗さん。普段どうやってアイデアを考えているか、目から鱗のお話をたくさん伺いました。

テレビ番組はつくらなくなったけれど、今でも「Tele-Vision(テレ・ビジョン)」をやっている
―そもそも小国さんって、何者なんですか?
小国:答えづらいQから入りますね(笑)。僕は名刺に、肩書きもなんも書いてないんです。いろんなことをやっているんですが、何をやっているか聞かれたら「Tele-Vision(テレ・ビジョン)をやりたい」っていつも言います。
―もともとテレビ局で働いていたんですよね?
小国:NHKでは『クローズアップ現代』や『NHKスペシャル』といったジャーナルな番組や『プロフェッショナル 仕事の流儀』というドキュメンタリ番組をつくっていたんですけど、NHKに入るまではNHKを見たことがなかったんです。で、入局して自分の仕事って何なんだろうと考えたときに、テレビの語源に出会いました。「テレ」が遠くにあるもので、「ビジョン」が映す。つまり「遠くを映す」のがテレビ。そう考えると、社会課題もテレ(遠い)で人の心も遠くにあるものだなと思って。ものすごく合点がいったんです。
―そういう意味での「テレ・ビジョンをやりたい」なんですね。
小国:はい。要は見たことがない風景とか、触れたことがない価値を、きちんと形にして広く多くの人に届けるっていうのが僕の仕事になるんだ、ってことを自覚できました。だからNHKを辞めてからも、『注文をまちがえる料理店』も含め、見たことがない、触れたことがない価値を伝える仕事をしてます。
降りる力と、はみだす力
―ちなみに、どうしてNHKを辞めたんですか?
小国:33歳のときに、心臓病になったんですけど、それが本当に良かったと思っているんです。何がよかったかというと、テレビ番組を作るという"戦いの螺旋階段"から降りることができたからです。普通なかなか降りられないじゃないですか、戦いのらせん階段から、どうしたって。だけど、僕は病気によって強制的に降ろしてもらえた。
―戦いの螺旋階段、ですか
小国:はい。もちろん僕はテレビ番組を作ることは大好きだったし、そこに人生をかけていたと断言できるくらい真剣に向き合ってきた。でも、届かないんですよね。若い世代や現役世代に自分の作った番組を見てもらえない。そもそも若い世代はテレビすら持っていない状態で、どんなにいい番組を作ったところで届かない。届けられるわけがない、だってテレビがないんだもの。それでも番組を作り続けなければいけない。そこにモヤモヤを感じながらも番組を作り続けている自分も知っていた。まさに終わらない戦いの螺旋階段を上ったり下りたりしている感覚でした。だから、病気によって番組が作れなくなってしまって、3か月くらいはどん底まで落ち込んだんですけど、その後にメチャメチャほっとしている自分に気が付いたんです。「あー、これで、テレビ作らないですむ」って思っちゃっている自分がいた。絶対勝てない戦いからやっと降りられたって。これで、自由だ俺はって。それがすっごい大きかった。
―降りたから、今の小国さんがいるんですね。
小国:「降りる力」って大事だなって。僕の場合はテレビっていう表現に縛られちゃうんだけど、そこから降りたことが、自分の可能性を広げてくれた。ただ、はみ出した今でも出自は大事だと思っていて、僕はテレビ出身だから、手法や企画の考え方はテレビぽいなぁと自分では思っています。今でもNHKの番組を作ってきた解き方でしか解いている気がする。基本的にはそんなに変わらないです。
―例えばどういうことですか?
小国:今、なんでこれをやらなくちゃいけないんだっけ?とまず考えるとか。あとはファクトがあるかないかが大事とか。テレビって何か事象があってそれを深堀りしたり、拡張したりする。僕が携わっていたニュースとかドキュメンタリは特に。だから、僕はファクトがないとなかなか動けない。机の前に座って、『注文をまちがえる料理店』という名前が浮かぶことはあるかもしれないけど、ファクトがないと動けない。なんとなく面白そうなネーミングだなぁとは思うけど、それをどう形にして表現していったらいいかわからない。
前のめり12度になったら、アイデアが生まれる
―そのファクトは、自分が認知症の人が何かを間違えるのを目撃したみたい一次情報であるべきですか?
小国:なんでもいいと思います。ネットで見た情報でも、人から聞いた話でも、とにかく自分がとんでもなく心を動かされたりとか、前のめりになった、とかでいい。僕はよく「前のめり12度になった瞬間が大事」って言うんです。例えば新聞を読んでいて、面白い情報に出会ったときの角度がだいたい12度だから。「えっ、なにこれ!」って、目がとまって、思わず手にとるっていう。テレビやってた時から今でもですが、ずーっとこの「前のめり12度になる瞬間」っていつくるだろう、どんな風景だろうって探し続けています。これが企画としては変わらないやり方。
―『注文をまちがえる料理店』も、前のめり12度の瞬間がきっかけなんですか?

小国:まさに。番組取材をしていた時に、グループホームで見た風景が「なんじゃこりゃ」で、前のめり12度になりました。認知症のおじいちゃんおばあちゃんたちがご飯を作ってくれたんですけど、今日はハンバーグと聞いていたのに餃子が出てきた。それ自体も「なんじゃこりゃ」だったんだけど、それ以上にそこにいた誰一人としてツッコまずに、おいしそうにパクパクと餃子を食べていた風景に前のめりました。なんか、感動したっていうか。なんか、恥ずかしくなったていうか、自分が。間違えたときに、指摘して正すっていう一択しか僕は知らなかったから。そうじゃなくて、間違いが起きた時に、その場にいる人すべてが間違いを受け入れてさえしまえば、間違いってなくなるんだってことに気づいたんですよね。
みんなが恥ずかしがって言わないことこそ言う
―だれもが見逃している「前のめり12度」をスルーしないことが大事なんですね。
小国:そうなんです。例えば"deleteC"というプロジェクトも、たった一枚の名刺から始まりました。

この名刺は世界で何百万枚も配られているはずなんですけど、わざわざこれを取り立てて言う人っていないんだと思うんですよ。「あっ、Cancerが消されてる」って。大人が見たらわかる事だから。でも、僕はこれをもらったときに、前のめり12度になって掴んだ。それに対して、コレ面白いってしっかり言うっていう事をやってるだけっちゃ、やってるだけ。この名刺がきっかけで、あらゆる企業が自社のロゴなどから「C」を消すことで、がんを治せる病気にするプロジェクト"deleteC"が生まれました。

※2019年11月~期間限定で販売。現在このパッケージの商品は販売していません
―世界中の人が見ていたはずの名刺に、小国さんがスルーしなかったのはどうしてですか?
小国:それって、僕が素人だからだと思います。さっきの名刺でいうと、医療従事者やその業界の人だったら割と知ってることだったりする。でも、僕はびっくりしちゃったんですよ。「Cancerが消えてる!」って。子どものような、素人状態の時に感じた違和感って大事だなと思っています。子どもって究極的な素人だから。違和感を感じている人が、どれだけ、その地域とか組織とかチームにいるのか。その違和感を声に出せる人がどれくらいいるのか、それが確実にアイデアになるかは別だけど、アイデアの種になる確率はとても高いと思います。
まだ名前がない風景が、アイデアの原点
―ちなみに小国さんのアイデアはどれも名前が印象的です。どうやって『注文をまちがえる料理店』という言葉に行き着いたんですか?
小国:直感的なものなんですけど。番組取材のときに密着していた、認知症介護のプロフェッショナル、和田行男さんが「施設の近くに注文を間違えるお好み焼き屋さんがあるんだけど行かない?」って誘ってくれて。そこ、おじいちゃんとおばあちゃんが二人とも認知症なんですけど、おつりも全然間違えるし、豚玉頼んでるのにイカ玉だしとか、すごく面白いから小国さん連れていきたいんだよねって話はしていて、それが残ってて。だから、その風景を見たときに、「ハンバーグって言っていたのに餃子になってる」シーンにピッとつながって。そこからは接着を探すというか、大喜利ですよね、この自分が見たステキな風景に名前を付けるとしたら何だろう?って。
―それぐらいアイデアにおいて名前は重要ですよね。
小国:名前はすごい考えます、それが一番の入り口だから。僕は、自分が感じた違和感とか、ポジティブもネガティブも、基本的には面白いという違和感を共有したいという思いがある。その瞬間みんなにも僕と同じ前のめり12度の「なにそれ?」になってほしい。だからちょうどいい、ほどよい名前にする。とがりすぎていると怖いし、浅すぎると何も言ってないし。「認知症の人が働くレストラン」と言ったら前のめらないから。それがすぐ降ってくることも熟考することもあります。名前がついた瞬間に、そこに人格や品格が伴う。命が宿りますよね。
―"Q&I"でも、「アイデアを考えてね」と投げかけるときに「名前」も必ず考えてもらうサービスにしたんです。
小国:いいですねっ!大喜利ですよね。さっきの名刺も、これにどう名前をつけるか?この風景にどう名前をつけるか?を考えているんですよね。「どうタイトルをつけようかな?」と自問自答している。でもそれは番組作りと同じなんです。風景があって、タイトルがないと放送できないから。で、タイトルはだいだい短くてキャッチー。
動詞をアイデアに入れてみる
―あと小国さんは以前、「僕のアイデアは全部動詞なんです」って言ってましたよね。
小国:そうそう。高齢者施設で暮らすおじいちゃん、おばあちゃんが地元のサッカークラブの応援をするアクティベーション『Be Supportors!』では「サポーターになる」という動詞。自分の買ったマスクの一部が、マスク不足が深刻だった福祉施設に寄付される『おすそわけしマスク』というプロジェクトであれば、「おすそわけする」っていう動詞。結局なにか社会にいいことをしたいと思った時に、知識や勉強も大事だけど、大切なのはアクションで。だって、みんな分かっていますから。間違いが起きても肝要な社会になった方がいいですよね、とか、がんを治せる病気にできたらいいですよね、とか。そうなったらいいなと誰もが思っている。でも、そのために自分は何ができるのかがわからないから、動けない。だから僕はアイデアの中に、誰もが軽やかに動けるような動詞を入れておく。

―面白いですね〜!
小国:そうすれば、「何か社会にいいことをやりたいんだけど、何をしたらいいのかわからない」という僕のような人間でもゴトゴト動きだせる気がしていて。「Cを消すって面白いね、とりあえずやってみよう」でいい。でその後に、なんで消すんだっけ?って思ったときに、CancerのCを消す、それが寄付になる、あーそれはすごいじゃんとだんだんと理解していく。大事なことは「それなら自分もできる」「自分にもできることがあった」という実感を持ってもらうことだと思うんです。
―アイデアを発想する上での具体的なアドバイスの数々、本当にありがとうございました!最後になりますが、『注文をまちがえる料理店』を考えたとき、どんな問いを頭に浮かべていましたか?
小国:「認知症の人がキラキラ輝く社会をつくるには?」じゃなくて、「認知症の人に限らず、誰もが何か間違えちゃったとしても『まあいいか』という気持ちが広がる社会をつくるには?」です。間違いを指摘するだけじゃなくて、それ自体を丸ごと受け止めるアイデアにしたかった。でも、問いに対する解き方は自由です。なんだっていい。僕はたまたま『注文をまちがえる料理店』にしてみたよというだけの話で、また全然違うアイデアがあってもいい。むしろ、問いに対する解き方、アイデアはいっぱいあったほうがいい。

